さく癖の傾向

【馬の豆知識】

・さく癖の傾向

馬にはそれぞれ一頭一頭色々な個性があり、悪い癖を持っている馬もいます。

人や他の馬をかむ癖の咬癖(こうへき)、人や他の馬を蹴る癖の蹴癖(しゅうへき)、身体を左右にゆする癖の熊癖(ゆうへき)など。

そしてそういう悪癖の中に、空気を呑み込む癖のさく癖があります。

さく癖は疝痛(腹痛)の原因となるためにも矯正してやめさせなければいけません。

このさく癖は他の馬がやっているのを真似して行ったり、退屈だからやったりという原因がありますが、どうやら食べ物の内容とも関係しているようです。

 

馬は乾草、またはエン麦などの濃厚飼料を食べます。

この飼料の内容と給与時間によってさく癖の出現頻度が変化することが調査されています。

濃厚飼料の給与時間が近づいてくると、さく癖の頻度がどんどん増加し、濃厚飼料が与えられた時には最大レベルにまで達しました。

そして、乾草が給与される時間に近づくとさく癖の頻度は徐々に減ってきて乾草を食べている間は最少レベルにまで減っています。

 

エン麦などの濃厚飼料は馬が大好きな食べ物で、エン麦と乾草を同時に与えた場合、エン麦から先に食べる馬が多いです。

しかし、エン麦などの濃厚飼料は食べ物を口にしてから飲み込むまでの咀嚼回数は乾草を食べるときに比べるとはるかに少なく、さく癖の出現には咀嚼の少なさに対する欲求不満や好きなものが食べられる喜びが関係している可能性があると考えられています。

馬のさく癖

 

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徳川吉宗と馬

【馬の豆知識】

・徳川吉宗と馬

馬は長い歴史の中で品種改良を繰り返されてきました。

古くからその改良の中心地となったのはヨーロッパですが、日本でも江戸時代には馬の品種改良が行われていました。

 

そして、その中心人物となったのが、徳川吉宗です。

徳川吉宗はドラマ「暴れん坊将軍」で白馬に乗っているシーンが有名ですが、武士が乗る馬の改良を目的として大規模な品種改良を志したのです。

 

徳川吉宗は幕府の財政の建て直しなどの色々な政策のひとつとして、外国から多くの馬(洋馬)を輸入し、馬の改良に取り組みました。

1723年(享保8年)、幕府はオランダ商館に対して公式に洋馬の輸入に関する注文命令を出しています。

その中では「できるだけ大型の馬」という注文を出しています。

日本在来馬を見ても分かる通り、当時に日本にいた馬は背丈が小さかったので品種改良で大きな馬をつくりたかった意図が見てとれます。

 

1737年(元文2年)までに少なくとも合計29頭が輸入されたとされていますが、その中で性別が分かっている輸入馬27頭の中で21頭が牡馬でした。

牡馬は交配することによって一年で何頭もの子馬を生産することができるので、品種改良には非常に効率的なのです。

 

徳川吉宗というと白馬に乗って浜辺を駆け巡る「暴れん坊将軍」のイメージが強い方もいるかもしれませんが、馬の品種改良に対しても積極的で、まさに名君と呼ぶに相応しい人物だったといえるでしょう。

徳川吉宗

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乗馬ブログ募集!

・乗馬ブログ募集!

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