馬がセルロースを分解するしくみ

【馬の豆知識】

・馬がセルロースを分解するしくみ

前回のブログ(なぜ馬は草だけでも生きていけるのか?)では馬は草に含まれているセルロースを分解することによってエネルギーとして利用することができることをご紹介しました。

人間の場合は草だけを食べていては生命を維持するためのエネルギーとすることは不可能ですし、セルロースを分解することもできません。

しかし、セルロースをエネルギー源としている馬にとってもセルロースを分解できる消化酵素を持っているわけではないのです。

では、なぜ馬はセルロースを分解することができるのでしょうか?

 

実は馬は盲腸の中にいる微生物の力を借りてセルロースを分解しているのです。

盲腸というと人間の場合は消化器官としての働きはほとんどない器官とされていますが、馬の場合は盲腸が消化に重要な役割を果たしています。

 

馬の盲腸の長さは約1メートル、体積は約30リットルもある大きな器官です。(人間の盲腸は指先程度の大きさしかありません)

この盲腸の中の微生物が未消化のセルロースを発酵分解して脂肪酸に変えることによって消化管で吸収できるようにしているのです。

そして、微生物によってつくり出されたこの脂肪酸を盲腸や結腸で吸収することによって、馬はセルロースをエネルギー源として利用することができるというわけです。

 

馬は自然な生活を送っているぶんには草だけを食べていても生きていくことができます。

しかし、人間に管理されている馬は乗用馬や競走馬として人間を乗せて激しい運動をしています。

こういう馬たちにとってはさすがに草だけでは必要なカロリーが補えなくなってしまいます。

そこで、フスマやエン麦などの濃厚飼料と呼ばれる高カロリーな穀物を食べることで運動に必要なエネルギーを摂取しているのです。

草を食べる馬たち

 

みんなの乗馬ホームページはコチラをクリック↓

このエントリーをはてなブックマークに追加

なぜ馬は草だけでも生きていけるのか?

【馬の豆知識】

・なぜ馬は草だけでも生きていけるのか?

馬をはじめとした草食動物は草をたくさん食べて、成長し生命を維持しています。

しかし、例えば人間がずっと草だけを食べて生きていくことができるでしょうか?

とても草だけでは生きていくために必要なエネルギーを摂ることはできないですよね。

 

では、なぜ馬たちの草食動物は草だけを食べていても生きていくことができるのでしょうか?

実は草食動物は人間が食べてもほとんど消化することができないセルロースという物質を栄養分として利用することができるからなのです。

 

馬たちが普段食べている草はそのほとんどがセルロースという分解されにくい物質と水分からできています。

食物繊維とも呼ばれるセルロースは人間にとっては整腸効果があり、便秘改善などでよく知られていますが、エネルギーとしての価値はほとんどないと言っていいでしょう。

 

しかし、馬などの草食動物はこのセルロースをエネルギー源として利用することができるのです。

ただ、馬たちがこのセルロースを分解するための強力な消化酵素を持っているわけではありません。

 

馬はこのセルロースを分解するために誰かの助けを借りているのですが、それはまた次回のブログに続きます。

草を食べる馬

 

みんなの乗馬ホームページはコチラをクリック↓

 

このエントリーをはてなブックマークに追加

寸馬豆人

【馬にまつわる言葉】

・寸馬豆人(すんばとうじん)

今回の馬にまつわる言葉は「寸馬豆人(すんばとうじん)」です。

「寸馬豆人」の「寸」と「豆」は小さいことを表します。

なので「一寸ほどの馬と豆つぶほどの人」ということから、寸馬豆人という四字熟語は「遠くに小さく見える馬や人」という意味になります。

この四字熟語は、元来は絵画の中で遠い位置にある人や馬が小さく描かれていることをいいます。

夕陽と馬

 

みんなの乗馬ホームページはコチラをクリック↓

このエントリーをはてなブックマークに追加

寒立馬

【馬の豆知識】

・寒立馬(かんだちめ)

青森県、下北半島の最東端に位置する尻屋崎に寒立馬(かんだちめ)という馬たちがいます。

 

寒立馬という名前からは、雪の中でじっと立ったまま寒さに耐える姿を想像させますが、実際この馬たちは真冬でも外に放牧されています。

寒立馬2

 

寒立馬という名前がつけられたのは1970年(昭和45年)なので、さほど古いものでもなく、この名前がつけられるまでは地元の人はこの馬たちを「野放し馬」と呼んでいました。

「寒立(かんだち)」という言葉は地元のマタギ(狩人)がカモシカが寒い中で何日もジッとたたずんでいる姿を「カモシカの寒立」と呼んでいたことに由来します。

それまで「野放し馬」という名前で呼ばれていたこの馬たちにもカモシカと同じような姿を見ることができることから、この馬たちに「寒立馬」という名前がつけられました。

 

この地域の馬の飼育の歴史は古く、この地域一帯は昔は南部藩の領地で、鎌倉時代から馬の生産が盛んでした。

 

馬は昔は軍馬として使われてきました。

日清戦争、日露戦争では日本は勝利したとはいえ、軍馬のレベルは外国の馬に比べると体格面や能力面ではるかに劣っていたのです。

そこで、政府は軍馬育成のために馬政計画を立てます。

日本在来馬を洋種馬と交配し、改良によって軍馬のレベルを上げようという計画です。

 

この寒立馬は南部馬(現在の岩手県にいた馬)を祖先として、洋種馬との交配によって改良されてきた馬なのです。

中でも尻屋崎ではこの野放し馬をブルトン種(フランス原産)とかけあわせることによって独自の種類を生み出しました。

現在、南部馬の血を引いているのはこの寒立馬だけとされています。

 

しかし、現在で日本在来馬と認定されている馬の中に寒立馬の名前はありません。

なぜならば、寒立馬は日本在来馬に比べて洋種馬の影響を強く受けすぎているからなのです。

SONY DSC

 

みんなの乗馬ホームページはコチラをクリック↓

このエントリーをはてなブックマークに追加