牛は牛連れ、馬は馬連れ

【馬にまつわる言葉】

・牛は牛連れ、馬は馬連れ(うしはうしづれ、うまはうまづれ)

今日の馬にまつわる言葉は「牛は牛連れ、馬は馬連れ」です。

牛と馬とでは歩くスピードが違うので歩調が合わないが、牛と牛同士、馬と馬同士となら同じようなスピードなので歩調が合い、連れ立つのがふさわしいという言葉です。

このことから転じて、地位や身分、または性格などが似たもの同士、同類は自然と集まりやすいことのたとえ、または似た者同士で物事を行えば何事も調和がとれるので上手くいくということを表しています。

「類は友を呼ぶ」や「似た者夫婦」などと同じような意味のことわざですね。

馬と牛

【馬と牛は歩くスピードが違うので歩調が合わない】

 

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馬の年齢の数え方

【馬の豆知識】

・馬の年齢の数え方

人間は誕生日が来ると一つ歳をとります。

しかし、馬の場合は年が明けてお正月になると全ての馬が一つ歳をとります。

 

現在、馬の年齢の数え方は生まれた年を0歳(当歳)とし、翌年の正月になると1歳、その次の年を2歳という風に数えていきます。

この年齢の数え方は海外でも一般的に使われている数え方です。

 

しかし、以前は日本では違う年齢の数え方をしていました。

2000年までは生まれた年が1歳(当歳)で、翌年の正月を迎えると2歳になり、その次の年を3歳という風に数えていました。

世界の基準に合わせる形で、日本でも2001年より年齢の数え方を変更することになったのです。

 

これにより以前だと競馬のクラシックレース(皐月賞、ダービー、菊花賞など)は4歳馬のみの出走という表記から3歳馬のみの出走という表記に変更されたりなど、変更当時はなかなか馴染まないところも多かったですが、変更から十数年経った今では世界基準の数え方が日本でも定着しています。

cheval selle francais au pré

 

 

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驥尾に附す

【馬にまつわる言葉】

・驥尾に附す(きびにふす)

今日の馬にまつわる言葉は「驥尾に附す(きびにふす)」です。

 

「驥(き)」は一日に千里を走ることができる優れた馬のことをいいます。

「尾」は馬の尻尾、そして「附す」は主となるものにつき、したがうこと。

 

「ハエが一日に飛ぶ距離はたかがしれているが、名馬の尻尾につかまっていればとても飛べそうにない遠くのところまで行くことができる(中国の「史記」の故事から)」

このことから転じて、「優秀な人物の後についていき、従っていれば自分の能力以上の大きなことを成し遂げることができる」という意味になります。

先達を見習って行動するという意味で、自分の行動を謙遜してこの言葉が使われます。

 

乗馬の上達についてもまさにこの言葉通りで、上手い人の乗り方をよく見てその人のやり方に従っていれば上達のスピードも早くなるでしょう♪

Horsetail

 

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千里の馬は常に有れども伯楽は常に有らず

【馬にまつわる言葉】

・千里の馬は常に有れども伯楽は常に有らず(せんりのうまはつねにあれどもはくらくはつねにはあらず)

「千里の馬は常に有れども伯楽は常に有らず」ということわざは、「一日に千里を走る馬はどこにでもいるが、どの馬が優れているかを見分けられて育てられる伯楽のような人物は常にはいない」ということから転じて、「優秀な人材はたくさんいるが、その人材を発掘できる、見る目を持った人はどこにでもいるとは限らない」という意味になります。

 

伯楽とは「馬の素質の良し悪しを見分けることができる人」のことをいい、また「馬や牛の病気を治す人」のことをいいます。

現代では競走馬の調教師などでいい結果を残している人が「名伯楽」と呼ばれることがよくありますし、また馬以外でも人の素質の良し悪しを見分けることができる人も名伯楽と呼ばれます。

野球界で言えばイチローを見出した仰木彬監督などはまさに「野球界の名伯楽」と言えるでしょう。

 

ちなみにこのことわざでは「千里の馬は常に有れども」ということですが、千里は約3940キロメートルなので千里の馬はなかなかいないと思われます(笑)

ここでは少し大げさな表現で、優れていることのたとえとして使われていますね。

アハルテケ

 

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