馬の重心

・馬の重心

前回のブログでは障害馬術における馬と人間の重心についてご紹介しました。

今回も馬の重心についてご紹介します。

馬が静かに立っているとき、横から見ると重心の位置はおよそ第12~13肋骨の辺りにあります。

この重心の位置は騎乗者の坐骨のほぼ真下になります。 すなわち、馬の重心の真上に騎乗者が乗っているということになります。

馬の重心

 

馬の重心の位置は馬が体勢を変えると、前後左右に少し移動します。 特に馬の頭の位置によって重心の位置は変わります。

頭が高い位置にあると重心はやや後方になり、頭を下げて前に突き出すと重心はやや前方に位置します。

すなわち、馬の頭の位置が変わると、前後肢にかかる体重負担の比率も変わってくるのです。

馬が静かにして立っているとき、前肢と後肢の体重負担の比率はおよそ3:2、または4:3と言われています。

前肢の役割は進行方向を決定する、いわば「舵取り」のようなものです。

そして、後肢の役割は推進力の発揮。後肢で地面を後ろに押して推進力を発揮します。

自動車でいえば後輪駆動のようなもので、後ろにある程度の荷重がかかっていないと駆動力が逃げてしまいます。 なので、後肢にもおよそ40パーセントの体重がかかっているのです。

馬場馬術では騎乗時にやや後傾した姿勢をとります。

これは馬の体重心の後方移動に同調します。 そして、後肢の深い踏み込み、さらには肩と前肢の負担を軽減し、前肢の動きを大きくする効果も発揮しているのです。

馬場馬術競技

 

 

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障害飛越のテクニック

・障害飛越のテクニック

障害馬術はコース上に置かれた色々な高さや構造の障害を決められた順番通りに飛越して走行する競技で、早くゴールすることはもちろんですが、障害物を落下させることなく走ることや、馬が障害物を拒否することなく走行することが要求されます。

 

馬が障害を飛越する瞬間、騎乗者は鐙に踏ん張って上半身を前に倒して、馬の頸の上に覆い被さるような形になっています。

こういう動作を「随伴(ずいはん)」と呼びます。

障害飛越のテクニック

では、なぜ馬が障害を飛越するときに随伴するのでしょうか?

 

馬が障害を飛び越えるときには、その障害物の高さや幅などに応じて、踏み切る位置を判断します。

後肢で地面を蹴る強さと方向を判断し、前躯を持ち上げる高さを判断します。

 

そして、前肢で地面を叩いて前躯を上方に浮き上がらせます。

その直後、後肢が深く踏み込んで地面を蹴り、馬体が浮き上がります。

 

このとき「作用・反作用の法則」で、後肢が蹴った力と同じ大きさの力が地面から逆向きに馬体に伝わります。

地面から返ってきた力が推進力となり、この推進力の作用線上に馬の体の重心があればロスのない軌道を描いて障害物を飛越することができます。

 

しかし、障害を飛び越えるのは馬だけではなく上には人間が乗っています。

なので、馬と人間とを合わせた合成重心に推進力を働かせる必要が出てくるのです。

 

馬と人間とを合わせた合成重心の位置は馬自体の重心の位置とはやや異なります。

そこで、なるべく馬本来の重心に同化するように騎乗者は上半身を前に倒して随伴と呼ばれる動作をとるのです。

障害飛越の重心

【写真 Dziurek / Shutterstock.com】

もし、随伴が遅れたり早かったりした場合は馬の飛越の軌道に乱れが生じ、障害物の落下や飛越拒否につながってしまいます。

 

障害競技の騎乗のポイントはたくさんありますが、最も大事なポイントのひとつがこの「随伴」の動作だといえるでしょう。

 

 

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競馬場跡を巡る ~紀三井寺競馬場~

・競馬場跡を巡る ~紀三井寺競馬場~

昔は今よりも馬が身近な存在でした。

農耕馬としてや荷物の運搬など、人間の生活には欠かすことのできない存在だったのです。

しかし、機械化などによって馬の活躍する場が減り、段々と身近でない存在になっていきました。

 

昔は今よりも競馬も盛んに行われており、全国各地に今よりもはるかに多い数の競馬場が存在していました。

しかし、売上減などで競馬が廃止され競馬場の数も段々と減っていったのです。

 

今回のブログでは昔、存在していた競馬場の跡を巡ってその痕跡を探っていきたいと思います。

まぁグリーンチャンネルで放送されている競馬ワンダラーのような企画ですね(笑)

 

第一回目は紀三井寺競馬場(和歌山県)です。

紀三井寺競馬場は1909年(明治42年)に開設されました。

1975年には年間来場者数33万人、年間売り上げ89億円に達し、盛況を博しました。

しかし、レジャーの多様化などによる売り上げ減によって1988年に廃止されます。

 

現在、紀三井寺競馬場の跡地は和歌山県立医科大学・和歌山県立医科大学付属病院となっています。

紀三井寺競馬場1

しかし、今現在でもかつてこの場所が競馬場だったという痕跡がシッカリと残っています。

紀三井寺競馬場2

このように外周道路が競馬場のコースの形を残しているのです。

紀三井寺競馬場3

病院の案内板を見ても競馬場のコースの面影を見ることができます。

この外周道路を歩いてみます。

紀三井寺競馬場4

まずは川沿いの道を。

ここは以前は最後の直線コースやスタンドがあった辺りです。

 

続いて1コーナー。

紀三井寺競馬場5

このようにキレイなカーブがそのまま残っています。

続いて2コーナー。

紀三井寺競馬場6

いい感じのカーブですねぇ。

続いて向こう正面の直線です。

紀三井寺競馬場7

 

そして3コーナー。

紀三井寺競馬場8

 

4コーナーに差し掛かるところで国道42号線に合流しました。

紀三井寺競馬場9

このように競馬場のコースの跡が外周道路としてハッキリと残っており、当時の面影を感じることができました。

「かつてはここを馬たちが駆けていたんだな」という思いにふけりながら散歩するのもなかなか面白いものです。

 

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馬が由来の英単語

【馬の豆知識】

・馬が由来の英単語

今現在では馬と関係のない使い方をされている英単語の中には元々は馬が由来となった言葉があります。

 

「upset」という英単語があります。

「ひっくり返す」、「動転させる」、「うろたえさせる」のような意味があり、スポーツで「upset」といえば「番狂わせ」という意味でも使われており、弱者が強者に勝つ場合などに使われます。

例えば、昨年ラグビー日本代表が南アフリカ代表に勝った時は「ラグビーワールドカップ史上最大のアプセット」と言われました。

 

実はこの「upset」という言葉は競走馬の名前なのです。

アメリカの競走馬であった「Upset」はそれほど強い馬だとは思われていませんでした。

しかし、1919年にサラトガ競馬場で行われたサンフォードメモリアルステークスで当時の最強馬と言われた「Man O’ War(マンノウォー)」に勝つ番狂わせを起こしたのです。

Man O’ Warはその後に勝ち続け、最終的には21戦20勝で引退し、このUpsetに敗れたレースが生涯唯一の敗戦となりました。

この出来事から「upset」という言葉が「番狂わせ」という意味で用いられるようになったと言う説があります。

 

しかし、別の説としては「upset」の名詞の用例が1877年には既に存在していたというものもあります。

 

ただ、競走馬「Upset」が起こした番狂わせが「upset」という単語の用法を広めることになったのは紛れも無い事実でしょう。

サラトガ競馬場
【サラトガ競馬場 :写真 Dennis W. Donohue / Shutterstock.com】

 

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